名蔵アンパル

名蔵アンパルへ、干潮時を目指して出かけてきました。

この看板が見えたところで、左側に入って車を止めます。そのまま海に出ないでくださいね。アンパルは道路をわたった右側です。

思い思いに生き物たちを探しました。

写真では大きさが分かりにくいですが、10センチくらいあります。

理科の教科書に出てくるビカリアみたいです。

キバウミニナというようです。

水槽の左側にシオマネキたち

一種類ずつ見つけてくるのがすごいです。それぞれ〇〇シオマネキと名前がついています。

これは、シレナシジミでは!

 

生き物たちを元いた場所に帰してお別れしました。

次の日中の干潮時には、海へ出かける予定です。

8月6日 ヒロシマ

昭和20(1945)年8月6日 午前8時15分

世界で初めての原子爆弾が広島に落とされた日時です。

決して風化させることなく伝え続けなければなりません。

教室では高学年、中高生が「父と暮せば」を鑑賞しました。

広島弁が聞きづらかったかもしれません、字幕を出すべきでした。

親がわが子を想う気持ちはいつの時代も不変です。

そして、絶対言ってはいけないとわかっていても口をつく、なぜあなたが生きていて、私の子が…、親にしかわからない究極の想い

「生かされている」という言葉をしばらくぶりに心に留めました。

職員募集

求人のお知らせです。

子どもが好きなことは大前提ですが、かつ生きにくさを抱えている子どもたちにかかわります。
子どもたちの将来のために力を注ぐことのできる方、また、発想が豊かで、あたらしい学習支援プログラムを創り出し、指導していける人材を求めています。マニュアルを求める方には不向きです。
一緒に専門性を追究し、子どもたちの幸せのために努めつつ、自身の幸せのために一緒に働きませんか。

職種:保育士・児童指導員
・発達の課題がある子どもたち一人ひとりに応じたオーダーメイドの学習支援
・ライフスキル・ソーシャルスキルの指導
・学習支援プログラムの開発

必須資格 保育士または教員免許 / 児童指導員任用資格

※児童指導員任用資格については、リンク先をご覧ください。

週1日~フルタイムまで応相談

フルタイムの場合 主として10:00~19:00

初任給 174,800円~184,000円(経験等考慮 月23日勤務 処遇改善手当含む)

賞与 年間1.5ケ月分相当(月ごとに配分)

交通費 月上限4,000円まで

社会保険・雇用保険・労災保険加入

パートタイムの場合 主として14:00~18:30

初任給 900円~1,000円(経験等考慮 処遇改善手当含む)

ふみの月

文月の異名を持つ7月も明日で終わり

また、7月23日はふみの日でした。

小学生の時、切手を集めていた時期があって、夏休みに入ってすぐに、4キロ離れた郵便局まで、ふみの日の記念切手を買いに出かけた思い出があります。

学期中は宿題に追われるため、平日のメニューではなかなか丁寧に、心を落ち着けて文字を書くことにだけ集中できない現状です。

そこで、夏休み入りたての一週間あまり、硬筆・ペン字の時間を設けて暑中見舞いを書きました。

送り先は、それぞれの学校の担任の先生を中心にしました。

大人でもメールどころかライン中心になり、日本の伝統と風物詩は忘れられつつあります。

郵便番号、住所、宛名を書いたことも、ハガキを自分の手で投函したことも、切手の裏を舐めて左上に貼ったこともない子もたくさんいると思います。

そして何よりも、日ごろお世話になっている人に感謝し、ご挨拶する習慣を大切にしてほしいと思います。

知的好奇心

国立科学博物館に、「歴史を旅する日本人」というコーナーがあります。

港川人から江戸時代まで、ヒトの進化と生活に着目した模型が展示されています。

髪の毛や産毛の1本1本までがリアルで、今にも動き出しそうです。

もしかしたらいつか、石垣島で発掘された白保竿根田原人の模型も作られ、展示されるかもしれません、その日が楽しみです。

江戸時代のヒトは、近世人と表示されておりました。男の子の髪形が現代からみるとユニークですが、当時は当たり前の髪形だったのでしょう。何かを真剣な眼差しで見つめています。

説明書きにこのように記されていました。

わが子を寺子屋に連れてきた母親と、武家出身と思われる先生。平和の続いた近世には、庶民の間でも寺子屋における「読み書きそろばん」の教育が普及した。先生が説明している「傘式地球儀」は、土浦の沼尻墨僊の発明によるもので、最新の知識を庶民にまで至らせるという日本式教育の象徴といえよう。

国立科学博物館らしい表現です。

子どもたちの知的好奇心を満足させる教室であらねばと改めて心に誓った次第です。

生きる

今月は存じ上げる方々の訃報が幾つもありました。

つい先日は、日野原Dr.が大往生を遂げられました。

書棚からDr.の著書を取り出して読み返しています。

この本は12年前に大きな手術をしたとき、お見舞いにいただいたものです。

ここ数年の日野原先生のお姿と比べるとかなりお若いです。それでも90余っていらっしゃったのですね。

星野さんの詩は、30年以上前に首を怪我して入院した時、お見舞いに贈っていただきました。

石垣島でも数日前に、110歳のおばあちゃんご逝去の報を、新聞の謹告欄で拝見しました。

沖縄では、97歳を迎えるとカジマヤーの祝いをします。

当時勤務していた校区内の集落にお住まいだったので、児童たちの演奏で一緒にパレードをしました。石垣に来た年に、貴重な経験をさせていただきました。

あれから13年

今日、その時にいただいた日本手拭いが出てきました。おばあちゃん、長い間お疲れさまでした。頭に巻くたんびに思い出しますね。

自分の一生があとどのくらい残されているかは分かりませんが、一度きりの人生、とにかく大事に生きたいと思います。

寺子屋 4年目のスタート

寺子屋が満3周年を迎え、今日から新たに4年目に入りました。

平成26年の7月1日にスタートを切りました。

6月29日に開所式を催しましたが、最終的な認可の通知が届いたのは翌30日

ギリギリにしか県の書類は届かないと聞かされてはいましたが、実際に届くまでは心配でした。開所式までして、新聞に取り上げてもらって、万が一オープンできなかったらどうしようかと内心冷や冷やでした。

開所当時から通っている生徒は5名

スタートして半年位までは、1日に5名出席者がいるのが稀でした。

今日現在通っている子は31名を数え、10人を越える日もあります。隔世の感です。

無事に1周年を迎え

2周年を終え

3周年を迎えました。

石の上にも三年の諺通り、先ずは3年継続し、社会的な責任を果たすことができてほっとしていますが、自分の中では石の上にも十年といつも言い聞かせています。

公的な教育・福祉で手の届かないサービスをこれからも提供できるように、不断の努力を惜しまないこと、怠らないこと

 

数ある放デイと児童発達支援の中から、わざわざ寺子屋を選んで通ってくれている子どもたちと保護者

そして数ある勤め先、職種の中から合同会社RUCAを選択し働いておられる職員の皆さんに改めて感謝します。

 

プロの振る舞いと矜持

東京出張の際に、仙台時代の教え子がバーテンダーをやっている店で飲む機会がありました。

これもSNSのおかげです。

 

バーのカウンターですから、両側をはじめ見知らぬお客さんと隣合わせです。

小学3年生の時の担任の先生ですと紹介され、なかなか照れくさかったです。

でもその紹介のしかたに無理がないのです。

自然と隣のお客さんとの間にも風を通すような感じです。

そういった一つ一つの振る舞いにプロの気品を感じます。

 

本人は本人で、まるでお父さんがきたみたい、と照れています。

実際にお父さんも仙台からいらして、カウンターに座られたそうです。

 

話に花が咲きます。当時の私の年齢が26と聞いて、追い越していると驚いています。

女子校の女の子もドッチボールが大好きでした。くる日もくる日も休み時間はドッチボール三昧でした。

それから交換日記の思い出、20年前にタイムスリップ

まだまだアナログの、のんびりした時代でした。

 

お酒の名前

それぞれにまつわる知識

お客さんの名前

お仕事

お酒の好み

これらと、お店で出すお料理をすべてマスターし、検定に合格して始めてプロの証である白いタキシードを着ることができるそうです。

とってもおとなしかったYunaさんが、近い将来自分のお店を持つことを目標に、タキシードを着て私の前に立つ姿は、本当にカッコよく、輝いていました。

仙台にお店を出すときは、何を持参でお祝いにかけつけようか、今から楽しみです。

ミライ塾 奥平幹也さん

7日の水曜日 朋、遠方より来る

2年4ケ月ぶりの再会です。

その前はというと、昭和の終わりに長崎で会って以来

寮で同じ釜の飯を食った仲です。

SNSのお蔭で、以前では考えられなかった旧友と連絡が取れるようになりました。

 

彼は株式会社介護コネクションでミライ塾、私は寺子屋で幼児児童生徒、同じ福祉でつながる仲間です。

そして、彼は介護と学生達を結びつける、今までになかった仕組みを作り上げた人です。

 

こちらの記事をご覧ください。

『「学生×介護」の新たな奨学金制度で、進学支援と人材不足解消を同時に実現』

 

今回は、八重山の3高校へ奨学制度を紹介に見えました。

前回の来島時は歩み始めたばかり、奨学生の第一号が誕生するところでした。

今や11名の奨学生が介護職に励みながら学業と両立し、夢の実現へ向け、そして奥平君も見事プランを具現化し、歩み続けています。

 

とにかく熱い彼の語りを多くの八重山の高校生に届けたい、また、その取り組みを彼の地元である石垣の多くの人に知ってほしいと思い、八重山記者クラブへ取材を依頼しました。

 

彼が語ると、介護が身近でものすごく面白くて魅力あるもの、ロマンが溢れます。

日報、毎日の両紙が即呼応してくださり、1時間半以上に及ぶ突撃取材が行われました。

近日中に紙面を飾ると思います、楽しみにしていてください。

 

同じ学び舎で学んで以来25年あまり、全く互いの消息も知らず、違う道を歩んできました。

学生時代に世間一般でいう苦学生をし(苦労したとはお互い思っていませんが)

組織の中で給料を頂く経験を経て起業し

そこに仕組みが、専門機関がなければ自分がやる。

自らの手でつくり、若者たちを育てていく!

 

 

絵本 6月の空

沖縄に72回目の慰霊の月が巡ってきました。

6月23日は、沖縄戦の組織的戦闘が終焉した「慰霊の日」です。

今日は絵本 6月の空を紹介します。

https://www.amazon.co.jp/6%E6%9C%88%E3%81%AE%E7%A9%BA-%E5%AE%AE%E6%A3%AE630-CD%E4%BB%98-%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%AE%AE%E6%A3%AE/dp/4904832094

この6月は、石川市(現在のうるま市)立宮森小学校に米軍ヘリが墜落した1959年6月30日のことです。

奇しくも慰霊の月にこの惨事は起こったのです。

絵は友人の磯崎主佳(ちか)さん

主佳さんは沖縄戦の哀しみを優しい画で表現します。

「土地が記憶し、私たちが伝えていく」

事故現場である、宮森小学校の校庭の土でこしらえた茶色の絵の具、フクギの染液からの黄色い絵の具が使われています。

 

うちの子が通う小学校(全校児童9名)は、今月の平和交流学習で宮森小学校の児童と、ヘリ墜落事件と戦争マラリアをお互いに伝えあうようです。